「日本人は細かい、アメリカ人は適当」。なんて言葉を誰でも一度は聞いたことがあると思います。かなりの人がそう言うってことは、まあ実際に少なからずそれはあるのでしょう。僕は12年ほど前にLAで2年ほど生活していたことがあります。その時に、この理由についてしょっちゅう考えていました。そしてある日いっきなり答えにたどり着いたのです。答えといっても僕が勝手に「ハイッ。それ正解!」と決めたものですし、答えが解って何か得したこともありません……。どうだっていいことなんですが、まあちょっと聞いてください。
日本人であるあなたが、初対面の人と会うときのことを想像してみてください。まあそうですね「友達と一緒にスケートに行くときに、その友達が知らない人を連れてきた」とでもしましょうか。友達に対しては「おいっすおいっすぅ~」なんて挨拶をします。そして初対面の人には自分の名前を名乗り、相手も自分に名前を伝えるでしょう。さあこの瞬間です。あなたの頭の中はピピピとかヒュンヒュンとか動いて(あ、この音はどうでもいいんですが)、まず相手のことを考えるでしょう。なぜなら、年上だったらやはり敬語を使ったり、~くんや、~さんをつけて呼んだりしなくてはいけません。まあ初めてなら礼儀として誰にでも敬語で話すのが普通ですが、明らかに年下ならばやはり話し方も変わってきます。ものすごい怖そうな人なら名前を呼ぶのは少し様子を見てからにしたりします。名前を呼ばないにしても、日本語には人の呼び方が「あなた、キミ、そちら、おまえ、てめぇ」と他にも沢山あります。さらには自分のことでさえ「私、僕、自分、こちら、オレ、オラ」。その他マニアックなのやアニメ風などなど、挙げればキリがないほどあります。
さて、英語の場合はどうでしょうか? まず敬語というものがそこまでいろんなヴァリエーションで存在しないので「初めてでもどういう風にしゃべろうか」なんてあまり気にしません。加えて、どんなに偉い人でも、どんなに怖い人でも、超尊敬している人でもその相手を呼ぶ言葉は同じです。「You」です。僕らが感じるあのピピピとかヒュンヒュンとかの思考の回路をすべて飛ばせるのです。飛ばしているというより、そもそもその回路自体が存在しないのです。これは僕ら日本人からしたらなんて楽なことでしょうか? 何も考える必要がないのです(無意識的にも)。大先輩も「You」、お父さんお母さんも「You」、近所のクソガキも「You」。初めて会った瞬間まったく何も考えずに「You」と呼んでいいのです。名前だって、~くんとか、~ちゃん、~さんとかつけなくてもよく、基本全員呼び捨てです。「アメリカ人は適当(大雑把)」なんて言われるのは実はこの辺から来てるのではないでしょうか。確かに今思い返せばアメリカに住んでいたときには友達に「歳いくつ?」って聞かれた記憶があまりありません。逆に言うと、気持ちを伝えるときに余計な思考が働かないので、つねに分かりやすいストレートな気持ちを伝えることができます。
英語だったらひとつしかないことに対して、日本語の場合は沢山ある……てことは、やはり日本人は思考や感情がかなりきめ細かいということになります。細かすぎるゆえに、人によっては考えすぎると大変なことになります。もうどうしていいか分からなくなって「しゃべらない方が得策」なんてことになってしまいます。それがいわゆるシャイな人です。世界的に見ると日本人はかなりシャイな人種でしょう。複雑な思考回路が、変に周りの空気を読みすぎてしまったりするのかもしれません。どうしてもまわりくどい言い方になってしまってなかなかストレートにものを言えないかもしれません。でも、それは相手を思いやることにつながったりしている場合もあるので、一概に言い切ることが……。
Daisuke Miyajima
@jimabien
M×M×Mの敏腕スタッフにして自称映像作家のジマこと宮島大介。伝家の宝刀Fs 180フリップをなくした今、どこへ向かっていけばいいのか迷走中。本能の閃きをたよりに書き綴る出口なしコラム。