前回のコラムを書いてから、ストリートスケートでのことを思い返してみると、当時は些細なことでも振り返ると不思議だったな、と思えるような出来事がいくつかあります。今回も、ある出来事について話したいと思います。
とある夜、僕たちはいつものように23時過ぎの電車で新宿に向かいました。確か4人だったと思います。フィルマー(自分)とスケーター3人で、新宿から水道橋にかけてのストリートスケートを行いました。新しく建設されたビルにめぼしいスポットを見つけていたので、ひとつのスポットに長い時間をかけずに次から次へと移動していました。その日はとても順調に撮影が進み、思っていた以上のトリックをおさめ、僕の気持ちはとても高まり、みんなもいい感じにナイトクルーズ&フィルミングを楽しんでいました。今思うと、順調過ぎるぐらいでした。四谷から飯田橋へ向かう線路沿いから1本なかに入ったストリートでのことです。そこは住居用のマンションやオフィス用のビルが混在している地区です。僕たちの入り込んだストリートはオフィスとして使用している建物が多かった気がします。思っていた以上に撮影が順調に進んでいたので、何処にでもある歩道と道路の低い縁石で箸休め的なスケートをしていました。とても上質な縁石で、グラインドも滑りまくりで、そこから熱いセッションが始まりした。僕も撮影を忘れてスケートに没頭しました。それぞれがニュートリックに挑戦し、時にはロンググラインドを決め、時には鬼コケをしていました。ふとした瞬間に、その縁石がある歩道の横にあるマンションらしき建物の上に人影が見えました。むしろ見られている感じがしたのかもしれません。僕は少し気になってひとりのスケーターに声を掛けました。「おい、上見てみろよ」。確かに人影でしたが、それが男性なのか女性なのか、はたまた老人なのか若い人なのかは分かりません。多分、6階ぐらいだったと思います。そしてその人影は椅子のようなものに座っていました。確実に僕たちを見ていたのです。時計を見ると夜中の2時半を過ぎたころでした。他のスケーターは気にも止めずに滑り続けています。僕たちもそれが住居用のマンションであれば、最初からその場所で滑っていなかったかもしれません。気にはなりましたが、残業中のサラリーマンかOLが、休憩の合間に興味本位に見ている、そのぐらいに思っていました。
それから30分ぐらいが過ぎ、今度は建物の入り口に人影が見えました。建物のエントランスガラスに反射した光の加減ではっきりとは中は見えませんでしたが、中に見える人影は車椅子に座っていました。僕だけがじっと中を見ていました。その頃には、ひとりをのぞいて、みんな道路の縁石に腰を下ろして休んでいました。やがて建物の扉が開き、中からひとりの女性が出てきたのです。女性はやはり車椅子に乗っています。肘掛けについたスティックを操作しながら音も立てずに近づいてきました。「寝れないから止めて欲しい」とか「うるさい」と言われればすぐに帰ろうと思ってました。僕たちは十分にスケートしましたし、最終的なスポットはまだ先にあります。その女性は今思うと、50代前後だったと思います。夜中なのにしっかりと化粧をしていて、レースのついた真白なブラウスを着ていました。僕は気づかなかったのですが、手に何か紙コップのようなものを持ち、じっと僕たちを見ているのです。そしてひとりだけ滑り続けているスケーターを目で追い、目が合うと手招きをして呼びました。なかば吸い寄せられるように、そのスケーターは車椅子に乗った女性のもとに歩み寄ったかとおもうと、車椅子の女性は突然、手に持っていた水(?)をスケーターの顔に浴びせました。そして音も立てずに車椅子は反転して、建物の中へと戻っていったのです。僕たちはどうすることもできず、一部始終を唖然と見つめるだけでした。
少し不思議に思うのは、僕たちはその車椅子の女性とスケーターが近づいた時に、中に割って止めようとはまったく思わなかったことです。なにか不思議な壁のようなものがあるような、金縛りに掛かったような気分でした。なぜあのとき躊躇せず、すぐに女性の元に歩みよってしまったのかをそのスケーターにも聞いたのですが「理由はまったく分からない」と言うのです。さらには、浴びせられたのが水(?)だかなんだったのかは分かりませんが、考えると少し怖いことです。
その出来事があった後も、何度かその地域でスケートをしていますが、その車椅子の女性は見かけていません。このコラムを書きながら、その女性の表情を思い出そうとしたのですが、どういうわけだかまったく思いだせません。今度、水(?)をかけられたスケーターに会ったら、そのことについてあらためて聞いてみたいと思います。
Takuya Nakajima
2002年よりFESNの専属フィルマーとして活動後、現在は都内の医療機関にて理学療法士として勤める傍ら、某デジタル系会社に勤務するMr.魚眼レンズ。