Special columns written by skaters
スケート識者たちが執筆するスペシャルコラム
YOSHIHIRO “DESHI” OHMOTO

弟子の愛称で慕わられ、carharttのグローバルライダーとして活躍する大本芳大。 旅とドトールと読書をこよなく愛する吟遊詩人。 “我以外はすべて師匠なり”が座右の銘。

第20回:超能力(後編)

「あのですね。先日、部下とふたりで●●に出張に行っていたんです」。
Wさんは、真剣な表情を変えず話し始めた。
 その日、Wさんはひとりの部下と●●県の、とある小さな街を車で走っていたらしい。そんななか部下が「ちょっとこの辺で休憩でもしませんか?」とWさんに提案してきた。お互いとくにお腹が空いていたわけではなかったが、その時はなぜか「じゃあ、そうしようか」となったそう。といっても、その地域にはファミレスがあるわけでもなく、しばらくは車を走らせ、「適当に喫茶店みたいなところがあればそこにしよう」となった。

 「でね、もう本当辺鄙な街に一軒の喫茶店がありまして『まあ、ここでいいか』ってなりましてね。入りました、その喫茶店に。そしたら、ちょっぴり様子がおかしいんですよ、その喫茶店。まあ、ちょっぴりどころじゃないってあとあとわかるんですがね」。

 うんうん。それで、それで。

 「まずね。その喫茶店にふたりで入ったんですが、ほぼ満席なんですよ。その街、ほとんど人が歩いてないような街なんですが、その喫茶店にはすごい人がたくさんいたんです」。

 「なんか、イベントとか貸し切りでパーティとかだったんですか?」

 僕は完全にWさんの話にワクワクし、身をより出していた。

 「一瞬うちらもそう思いました。ただね、ここからが凄いんです。店の奥からひとりの男性がきましてね。困惑している私たちにこう言ったんです」。

 ドキドキ…で、で、で。

 「Wさん、●●さん。お待ちしておりました」って。

 うひょー? 何それ‼

 「え!? だって、たまたま入った喫茶店なんですよ!?」

 「ええ、もちろんそうですよ。私たちはその街に来るのも初めてでした。そしてね、その男性にこう言われたんです『おふたりがくるのは分かっていました。奥に席がありますのでどうぞ』って。凄くないですか? もう頭パニックですよ」。

 すげー!? なんか怪しい団体か?

 「なんですかそれ? その人はおふたりがくるの分かってたんですか? で、その喫茶店いったいなんなんですか? なんかの宗教とかですか?」

 「もちろん怪しいな? と思いましたよ。ただ、どちらかというと『部下がいたずらで仕組んだドッキリかな?』って。でも、部下も本気で動揺してましたし、本当にたまたま入った喫茶店なんで、それは不可能だとすぐに判断できました」。

 だとしたら何なんだ? Wさんが適当に作りあげた話か? オレは騙されてるのか? いや、さっき出会ったばかりだが、Wさんはそんな人ではないはず。なんとなくそれはわかる。

 それで、それで?

 「で、その男性。まあその喫茶店のマスターなんですが、『あちらにおふたりの席がありますのでどうぞそちらへ』って。ほぼ満席なんですが、奥にちゃんと2席空きがありました。しかもその2席がピカッーと光を放ってるんです。本当不思議でしたよ。ライトで当てられたような光ではないんです。なんかとんでもない世界に入りこんでしまったと思いました」。

 まじかよ。とんでもねぇーな。

 僕は目の前の料理も、周りの人も、明日のこともどうでもよくなり、Wさんの話に釘付けになり、集中し聞き入った。

 その後、ふたりは何も抵抗することなく、席についた。そしてWさんはマスターにWさんの家族構成、Wさん本人にしか知らないいろいろなことを言い当てられたらしい。

 「おふたりがここに来るのは、もう決まっていたんですね。ここにいる他のお客様もそうです。人生で起きることのすべては予定通りなんです」。

 ふたりはそのまま席に座り、普通にメニューを頼み、その空間に身を置いた。「その日はもう予定はありませんでした。とりあえず、これから何が起きるのだろう? いったいここは何なのだろう? と思っていましたので、部下とそのまま席に座り待っていました」。

 どうやら、その喫茶店はマスターとそのマスターの奥さんらしき女性のふたりでまわしているよう。なので、すべてのお客さんの料理を出しきるのにかなりの時間を要する。そして、料理を食べ終わった客の誰ひとりと店を出ない。「きっとこれから何か始まるんだな?」と、ふたりもただひたすら待っていたそう。

 「2時間くらいは待ちましたよ。ただ、うちらも帰ろうとは思いませんでした。やはり、いったいこの喫茶店が何なのか知りたかったんです」。

 すべての料理を出し、皆が食べ終わり、後片付けが終わり、マスターが店のカウンターへ現れた。

 「みなさんお待たせしました」

 マスターによる、不思議なショーが始まった。そしてWさんと部下とのふたりは、そのショーを目のあたりにし、驚愕したという。僕自身もその時のショーの話を聞き、驚愕した。

 「大本さんも、もし興味があるなら行ってみた方がいいですよ。話だけでは何もわかりませんからね。ただ、考え方が変わりますよ。いや、人生が変わるかもしれません」。

 帰りの電車のなか、僕は興奮とワクワクで意識がどこかへいってしまっていた。ほんの数時間前にWさんに出会った。そして、Wさんから聞いた謎の喫茶店での出来事。

 「絶対そこに行ってみたい。そして、自分の目でちゃんと確認してみたい」。

 そしてその年、僕はそこへ行った。東京からは決して軽い気持ちで行ける距離にはない。しかも、行ったとしても期待外れになることも十分にありうる。ただ、心がワクワクした。だから行った。

 そして、僕はWさんから聞いた話以上の出来事を経験した。僕も同様、いろいろな考えかたが変わった。そして、心から行ってよかったと思えた。スケートや、自身の生活に対する考えがガラリと変わった。

 自分自身が、見てみたい、体験してみたい、やってみたいと思い、そしてそれらを考えたとき、心から純粋にワクワクの感情が起きたら、それは「動け! 行ってみろ! やってみろ!」という心のサイン。

 きっとそう。

 ただ、動くか動かないか、やるかやらないか、それすらもすべて予定通りなのかもしれない。

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