人間の持つ機能のひとつに、ホメオスタシス、というものがある。日本語では、恒常性維持機能と言う。ホメオスタシスというのはどういった機能なのかと言うと「つねに同じ状態を維持しようとする機能」ということらしい。誰にも平熱というのがある。これはホメオスタシスのおかげで、一定の体温を僕らは保っている。体温が上がれば、自然と汗が出てきて体温を下げようとする。体温が下がれば、くしゃみや震えによって、体温を上げようとする。
僕らスケーターが、グリッチョし足がパンパンになったとしても「ヤベェー! やっちまったぁ。もうこんな足じゃ一生スケートできねぇじゃねえか」とはならない。すぐさまホメオスタシスが働き、無意識的にグリッチョする前の状態、つまり正常な状態に戻ろうとする。時間はかかるが身体が勝手に治癒に向かってくれるのである。
また、ホメオスタシスは、精神面でも機能する。日常で、ちょっとイラっとしたことがあり心が乱れたとしても、時間が経てば徐々に冷静になり、元の精神状態に戻ってくれる。つまり、僕らはこのホメちゃんがしっかり働いてくれているからこそ生きていけてるのだ。
ただ、このホメちゃん、ちょっとやっかいな面もある。例えば僕は喫煙者である。何度か禁煙に試みたことがあるが、1日ともたない。これもホメちゃんの仕業。僕が禁煙したいと思い、タバコを吸わないでいると「あらやだ! ニコチンちゃんが体内に来ないわ。そろそろタバコ吸わなきゃ! 現状維持大好き」とホメちゃんが動きだし、僕は我慢できず、タバコに火をともしてしまう。
ダイエットなんかでよくあるリバウンドなんかも、急激に痩せることにより、ホメちゃんが異常事態とみなし「気づかないうちになんでこんな身体になってのよ! ガッツリ食べて元に戻らなきゃ。ドーナツゥゥ!!」っとなってしまう。
中途半端な意思ではホメちゃんには勝てない。悪癖、依存症などやめたくてもやめられないこと、また、やりたいと思っていることでもなかなか取り掛かることができないのも、現状維持が大好きなホメちゃんの仕業。ホメちゃんは、ピュアで仕事熱心なためか、良い悪いの判断ができない。ただひたすらに自分の仕事にまっとうしてしまうようだ。
僕らは、生きているあいだ一生ホメちゃんとお付き合いすることになる。だから、ホメちゃんと上手に付き合い、味方にすることがとても大事である。
数年前、僕はフィルミングや写真撮影をしまくってた時期があった。
休日は必ずシューティングに向かう。平日も、朝から夜までバイトしたあと、ヘトヘトにもかかわらず早朝まで撮影することもよくあった。もう「撮影をする」ということが、生活の一部になっていた。おかげで、僕は同時期に3つのパート、写真も30枚以上残すことができた。
今思うと、よくあんなハードな生活ができていたなぁ、と考えてしまう。ただ、それを「努力」していたという意識はない。自然と身体が動いていた。あの当時は確実にホメちゃんが力になってくれていた。
もちろん最初はやはり、体力的にもそして精神的にも辛かった。「こんな生活嫌だ」と投げ出したくなった。今までのマイペースなスケートライフに戻りたくなる。しかし、そこは自身の目標に対するワクワクの気持ちが、僕の身体を動かしてくれる。
苦戦しながらも撮影の日々をしばらく続けていると、不思議とその生活に慣れてくる。いや、むしろそれが当たり前の生活になっていた。そうなるとホメちゃんの登場である。ホメちゃんはその生活を維持しようとするのだ。
数日撮影しない日が続くと「やべぇぜ、全然撮影してねぇ!」とソワソワしてくるのである。で、自然とお世話になっているカメラマンに「うっす! やばい天然アール見つけたんで、ちょっと急なんですが明日の夜どうですか?」と電話してしまう。
これは、最初は不味いと思いながらも無理に吸い続けていたら、いつの間にかタバコ中毒になってしまう喫煙者と同じ。この時、ニコチンの変わりをしてくれていたのが、撮影でメイクした時の喜び、つまり快感なのだ。その快感を求め続けてしまう。
そうして、タバコを吸い続けるように、撮影をし続けるようになっていった。
夢や目標に向かい行動を起こすとき、初めは少しの努力が必要。ただ、その行動が習慣となり、さらに中毒となってしまったら、もうそれは努力とは言わないのかもしれない。
だって、喫煙者がタバコを吸うことに対して「オレめっちゃ努力してるじゃん‼ ポッポッ〜!」なんて思わないから。