ローレンス“超絶放浪者”キーフ。まさに映画『イントゥ・ザ・ワイルド』を体現する男。ただし全財産を焼き払って誰にも行き先を告げずアラスカに向かい、最終的に餓死することのない男……。
SFは若いスケーターにとっては美しく素晴らしい街だ。でも気をつけたほうがいいかもしれない。生産的な日々が続いたNYの後に訪れたSFでは、ただ酒をゲットできるパーティに溺れカオスにどっぷり浸かってしまうものだ。紙袋で隠したストリートビール、ダウンヒルのボム、レズビアン、ヒッピー、ホームレス、EMB、ピア7、そしてハロウィンパーティ。SFに住むバルセロナ時代の仲間数人が完璧なガイドとなってSFの街を案内してくれた。
しかし、楽しいSFの生活は永遠には続かない。クラックヘッドの街として知られるテンダーロイン地区のオレの寝床にナンキンムシ(トコジラミ)が大量発生していることが判明してから、オレのSFでの生活状況は一変した。ヤツらは毎晩のようにオレの体に喰らいつき、最終的にオレの体は“エイリアンに体を食べられる病”にでもかかったようになってしまった。ヤツらの完全駆除は非常に難しく、洋服にひっついてどこまでも着いてくるという厄介者。パーティ三昧の翌日に二日酔いで興じるスケートゲームにも飽きてきた頃だったこともあり、オレはメキシコへ逃避行する計画を立てた。
持ち金が少なくなっていたため、計画はシンプル。必要なのは自転車とテントのみ。リサイクルショップでお世辞にも旅にふさわしいとは言えない中古のマウンテンバイクを$30で購入し、仲間にテントを借りた。そして、すべての持ち物を乾燥機にかけ、着ていた洋服を捨てることでナンキンムシの完全駆除に成功。これで準備万端! さあ、ペダルを漕ぐのだ。
ルートは簡単。左側に陸、そして右側に海があることを確かめてただただ南下するだけ。問題はトレーニングなしのTシャツとジーパンという軽装の男が、所持品すべてをくくりつけたおんぼろのマウンテンバイクで気の遠くなるような距離を走ることができるかどうか。そうとうおかしな風貌だったに違いない。
初日は雨に打たれ、森の中で一夜を過ごした。そして、キャンプカーで旅行中の中年カップルから、この先に待ち構える人食い熊、地滑り、山火事、崖での突風、自転車で到底登ることのできない急勾配について聞かされた。オレはヤツらのホラー話を無視し、どうにか地獄のような初夜を乗り切った。その後の10日間は、これまでの人生で唯一真の自由を感じられた日々。家もなく、カギもなく、携帯電話もなく、仕事もなく、予定もなく、金もなく、女もなく、問題もない……。ナンキンムシによる体中の虫刺されの跡も次第に目立たなくなっていった。
道中の1日はこんな感じだ。小さく美しいプライベートビーチの側で日の出とともに目覚め、携帯用コンロでオートミールを温めて朝食をとる。テントをたたんでペダルを漕ぎ、できるだけ多くの人と会話をしてトレイルミックスや小麦クラッカーを山のように食べる。日が落ちる前に適当な場所を探してテントを張り、よく冷えたビールを喉に流し込んで気絶するように眠る。途中でスケートパークを発見すればスケートをし、行く価値のある場所があればそこへ向かう。アザラシで覆われたビーチや蝶の楽園のような美しい草原を目にし、野生のシカや数えきれないほどの親切でフレンドリーな人と出会った(狂人にもたくさん出会ったが……)。見知らぬ人の自宅でのBBQに招かれ、ソファ、庭や納屋のハンモックで数日寝させてもらったこともあった。ポルノ女優と仲良くなり、いろいろ助けてもらったこともあった。彼女は壮絶な経験の持ち主で、ショッキングなハリウッドのパーティに招いてくれたりポルノマンションに泊まらせてくれたりもした。ここで辛うじて言えることは、彼女はとある気色の悪い世界記録を保持しているということ。その内容は決してここでシェアできるものではない。そんなこんなでLAに到着した頃にはボロボロになっていた。ヴェニスビーチで出会ったスケーターにどのようにここまで来たか説明すると、彼はオレの手を握り、頭を左右に振りながらこう言った。「ちゃんとさわれるぞ……オマエは本物だ! ちゃんと生きている!!」
結局、メキシコに辿り着くことはできなかった……。オレンジカウンティでビザの期限が切れそうになったため、ヨーロッパ行きのフライトに乗るためにSFに戻るしかなかったのだ。でもかなり惜しいところまで行けたと思う。それに、メキシコに行っていれば性病をうつされていたかもしれない(笑)。とにかく、道中で見知らぬ人からこんな言葉をいただいた。「旅で大切なのは行き先ではなく中身だ」。言い古された安っぽい言葉に聞こえるかもしれない。でも、若く、バカで、完全にファックドアップし、ある一定の方角に向かってひたすらペダルを漕ぎ続けている男には、とても心地良く響いた言葉なのだ。