Special columns written by skaters
スケート識者たちが執筆するスペシャルコラム
YOSHIHIRO “DESHI” OHMOTO

弟子の愛称で慕わられ、carharttのグローバルライダーとして活躍する大本芳大。 旅とドトールと読書をこよなく愛する吟遊詩人。 “我以外はすべて師匠なり”が座右の銘。

第7回 : 恋侍

 それは、高校を卒業して、保育科の専門学校に入学したての頃の話。僕が入学した学校は夜間クラスで、昼間は学校が紹介してくれた、幼稚園でアルバイトをするようになっていた。同時にひとり暮しもスタートし、新たな生活に対して、毎日ワクワクしていた。しかし、そんなワクワクな新生活は、一夜にして消え去った。僕は当時付き合っていた彼女に、突然別れを告げられたのである。いや、正確にいうと、僕の方から別れを告げていたのだが…。その日、僕と彼女は電話で大喧嘩した。大喧嘩というよりは、僕が彼女に対してかなり理不尽な理由で、一方的に怒りをぶつけてしまったのだ。当時の僕はかなり調子をこいていて、彼女に対して少しでも気になるところがあれば、グチグチと嫌味を放ち、別れる気もないのに「もう別れるぞ」とかなり横柄な態度をとっていた。そのたびに彼女は「ごめんなさい」と謝ってくれる。そんな彼女に対して僕は優越感を感じ、勝ち誇っていた。もう最低な男だ。その日もおきまりの「もう別れるぞ」をいい放った。彼女は言った。「うん」。うそーん。ガビーん。「ほ、ほ、本当にいいんだな。じゃ、じゃあ別れようぜ…」。「うん、そうしよう」。「お、お、おう。わかった。じゃあな」。ガチャ。電話を切った瞬間、僕は全身から冷や汗をかき、頭が混乱し始めた。やばい、やばい、やばい、どうしよう。5分後、すぐに彼女に電話した。「ごめんて。嘘だって。な、な、な」。「もう、いいよ。私つらい」。終了。

 僕は泣きじゃくった。もう本当にこれでもかというくらい。失ってから、彼女の大切さに気づき、後悔しまくった。また、彼女に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。が、もう時すでに遅し。120%自分が悪いのだ。僕はその日以来、しばらくまともに声が出なくなった。出そうと思っても、超弱気なミッキーマウスくらいの声しか出ない。心と身体は一体。身体に反応するほど、精神的にまいってしまったようだ。毎晩夢にも彼女が出てきた。その夢の内容は彼女とヨリを戻し、自分が喜びまくる夢といった内容。朝目覚めた瞬間、「なんだ、また夢かよ」と、さらに僕の胸がぎゅーと締め付けられる。そんな日々が続き、いい加減やばいと思いとうとうカウンセラーの人に相談もしてもらった。そのカウンセラーからはっきりと言われた。「その彼女とヨリを戻せる確率はないと思ってください。失恋に対する一番の薬は時間です。時間がかかる人もいますが、時間が必ず解決してくれますよ」。彼女を忘れるまで、僕の場合は、2年間もかかった。高校の友人から、彼女が結婚したという話を聞き、やっと落ちつくことができた。まあ、少しはショックだったが、心の底では安心していた。「ああ。これでもう終わりにできる」。

 僕のその大失恋から、もう何年も経っている。もちろん、今でも彼女に未練や後悔があるわけではない。むしろあの時の最低な自分を気づかせてくれた彼女にとても感謝している。ただ、あの時のつらい日々、心の傷は今もなお僕の心の奥に残っている。そして、その当時の感情が、ある言葉を聞いたり見たりすると、鮮明に蘇ってくるのだ。その言葉とは「サムライ」である。別に当時の彼女がサムライオタクであった訳ででもないし、彼女と毎日のようにサムライ映画を見ていたわけではない。ではなぜ「サムライ」なのか。

 僕は彼女と付き合っていた当時、よく彼女の家に遊びに行っていた。ご飯をご馳走になったり、泊まりにも行っていた。特にお母さんの方は、僕を可愛がってくれて、高校の時のお弁当などは、僕の分まで作って毎日彼女に持たせてくれていた。ある日、彼女のお父さんから「これ使ってないからあげるよ。スケボーとかの撮影に使えば?」と、Hi8のビデオカメラをもらった。僕は彼女と別れ、毎日部屋で暗い生活を送っていたとき、ふっとその時にもらった、ビデオカメラを押入れから取り出した。「なつかしいな。でもこれはもう捨てよう」。しかし、そのビデオカメラを手にした時、僕の身体に衝撃が走った。そのビデオカメラから、彼女の家の匂いが強烈に放たれていたのだ。僕は彼女と、彼女の両親との思いでを再び思い出し、また泣きじゃくった。結局、そのビデオカメラはしばらくの間捨てられないでいた。僕は毎晩、そのビデオカメラを嗅ぎながら、悲しみにふけ泣きじゃくっていたからだ。日に日に匂いが薄れていこうが、そのビデオカメラのテープが入る部分を開け、そこに鼻をくっつけ内部のすべてを嗅ぎ尽くした。そして、毎晩そのビデオカメラを嗅ぐたびに、僕の心には「サムライ」が刻まれていったのだ。なぜならそのビデオカメラの商品名は、京セラの「SAMURAI」というモノだったからだ。ビデオカメラを嗅ぎながら、泣きじゃくり、目の前には「SAMURAI」という文字か映る。
 それからというもの、僕の日々日常で「サムライ」というものが現れると、僕は当時の思い出が鮮明に蘇る。そう、僕の心には、サムライに斬られた、深い傷跡がしっかりと残っているのだ。

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