渋谷や池袋には、たまにフラフラしに行くことがあるのだか、そこでつい見入ってしまう光景がある。男性が通りすがりの女性に対して、何やら声をかけている光景。そう、ナンパである。僕は彼らに興味深々のため、街で見かけるとつい観察してしまう。どういう女性に声をかけているのか? どういうアプローチをしてるのか? そして、その女性たちがどんな反応を示しているのか? それらの光景が、すごく気になるのだ。なぜなら、僕はそのような、いわゆる“ナンパ師”を、少し…いや、割と尊敬しているから。
何年か前、僕は渋谷のスクランブル交差点を見渡すことができる大きなスタバで、ひとりコーヒーを飲みながら、何気なく街中の人混みを眺めていた。特に何も考えることなく、本当にただボ~っと。すると、ひとりの男性が僕の目に飛び込んできた。どこか不自然。よく見てみると、その男性はあたりをキョロキョロしながら、いきなりすれ違う女性に駆け寄り、声をかけた。「ナンパか…」。その男性の見かけからして、どうやらキャッチの兄ちゃんではないようだ。僕はしばらく、そのナンパ師を観察することにした。その時声をかけられた女性は、一瞬びっくりしてたが、すぐにそのナンパ師をシカトし、そそくさと行ってしまった。「そんな簡単にキミの思いどおりにはならないよ。ただ、キミのその行動力にはリスペクトするよ」。僕は普段ナンパなどできる度胸などないくせに、なぜかそのナンパ師を、上から目線で、そしてスタバの上から目線でさらに見ていた。その後も、ナンパ師は果敢に攻めていた。手当り次第にというわけではなく、ある程度自分なりの基準があるようだったが、それでも数分にひとりは確実に攻めている。しばらく、そのナンパ師を観察していると、ふっとあることに気がついた。そのナンパ師は、女性に声をかける前に、女性の肩をポンっと軽く叩いてるではないか。「なんなんだあれは?」 女性はもちろん、びっくりする。歩いていていきなり、知らないヤツに肩を叩かれるのだから。中には「なんだコイツっ」と、あからさまに怪訝な表情をする女性もいる。「あたりまえだろ。そんなことしていたら、捕まるもんも捕まらないよ。その前にキミが捕まるよ。まあいい、もう少しキミの勇姿を見せてくれよ」。僕は完全に、そのナンパ師を見下すようになっていた。観察を始めてどのくらい経っただろうか。30分は経ったか…。ナンパ師も、その間に10人には声をかけただろう。「まだ続けるのかい? もう無理だって」。僕も嫌気がさし、そんな思いを抱き始めてきた。ただ、そんな僕の思いはもちろん届かない。相変わらず、ナンパ師は女性に駆け寄り、肩を軽くポンっと叩く。女性は当然びっくりする。「だから、それヤめなよ。普通に声かければいいじゃん」。がしかし、急展開が起きた。その女性が立ち止まり、少々笑みまでこぼれてる。「あれあれ?」 なぜか、僕がドキドキしてきた。「おいおい、なぜシカトしない? だめだって。そいつさっきから何人もの女性に声かけてたよ。全部知ってるよ。だって、僕ずっと彼のこと見てたもん」。そんな僕の思いも、もちろんその女性には届かない。女性はしばらく、そのナンパ師と立ち話をし、ふたりで歩き始めた。渋谷の街で戯れている、どこにでもいるカップルのように。僕は呆気にとられた。やるじゃないか。しかし、あの肩をポンっと叩くのはいったいなんなんだ。しばらく考えこんでしまったが、その時は自分なりに納得いく答えを導き出すことはできなかった。
それからしばらく経ったある日、僕は池袋にある、7階建てのマンモス書店のジュンク堂にいた。昔からお世話になっているお気に入りの書店だ。その頃の僕は、自己催眠というものに興味をもっていて、その日も催眠関連の本を探していた。自分自身で、変性意識つまりトランス状態に導き、自分自身にポジティブな暗示をかける。スケートボードはメンタルとの戦い。恐怖やプレッシャーに打ち勝たないといけない。自分自身の弱いメンタルを、どうにか自己催眠で強化したかったのである。その日も数多くある催眠関連の本をいろいろ立ち読みしていた。するとひとつの言葉が、僕の目に入ってきた。『驚愕法』。驚愕法というのは、他者催眠、つまり被験者に対して、催眠療法を行う際に、被験者を催眠状態に導く一種の手法のようだ。人間は、びっくりしたり、驚いたりしたとき、一瞬変性意識に入り脳が空白になるらしい。たとえば、ゆったりとした時間が流れているカフェなのでリラックスしているときに、店員などが誤って食器をガチャン! っとさせたとする。そしたら、身体がビクッと固まり、会話中でも思考が一瞬停止する。そのときが、いわゆる変性意識状態らしく、脳が無防備。そして、そんな無防備な瞬間に、効果的な催眠暗示を投げかけると、脳にスポーンと暗示が入るらしい。それを被験者に対して、意図的に行うのが、驚愕法。
「おやおや? 待てよ。これはもしかして」。そう、おそらくあの時のナンパ師は、この驚愕法をナンパにとりいれてたのではないか。女性の肩を叩き、女性がびっくりした瞬間、なんらかの言葉を投げかけ、優位な状況へもっていく。絶対そうだ。もちろん百発百中とはいかないかもしれない。ただあれは、あのナンパ師の立派なスタイルだったのだ。どんな経緯で、そんなスタイルになっていったのか? 先人から教わった、秘伝の技なのか? それともあのナンパ師が、オリジナルで編み出したとっておきの技なのか? どんな理由にせよ、勉強し、実戦を重ねないと習得はできないだろう。僕はすごいなと思った。あのナンパ師は本気なのだ。世間的にはナンパというのは、あまりいい印象ではないかもしれない。ただ、そんなことはどうでもいい。僕は極上スポットを見つけ、テールを叩く。あのナンパ師はステキな女性を見つけ、肩を叩く。そして、お互いが目指すところは、もちろんメイク。同じだ。ナンパ師の本気具合、人目を気にせず攻める姿、行動力。それらは、僕にとって、とっても刺激になった。自分の見方を変えれば、どんな人からでも学ぶことができる。我以外皆師匠。