Special columns written by skaters
スケート識者たちが執筆するスペシャルコラム
YOSHIHIRO “DESHI” OHMOTO

弟子の愛称で慕わられ、carharttのグローバルライダーとして活躍する大本芳大。 旅とドトールと読書をこよなく愛する吟遊詩人。 “我以外はすべて師匠なり”が座右の銘。

第16回:耳からの制裁

 僕には、「耳の中を掻きむしる」という癖がある。人差し指、ときには小指を耳の中に入れ、しっかりとセットする。ひじを上げうまくセットできたら、あとは手首のスナップをきかせ超高速でガッッッーっと掻きむしるのだ。これがまた最高に気持ちがよく、どんなときでもどんな場所でもお構いなしでやってしまう。「癖」というよりは「中毒」といえるかもしれない。この行為は小学生のころから始まったので、歴としてはもうかれこれ20年は超えている。自身のスケート歴よりもはるかに長い。かなり奥に詰まった耳クソも、小指を使えば簡単にとることができるし、痒いところにも、ミリ単位、いやミクロ単位で調整し、確実に痒いポイントに攻められる自信がある。

 小さいころから、肌があまり強いほうではなかった。湿疹などできやすいし、アトピーで悩まされていた時期もあった。そのせいか、耳の中もジクジクしやすく、自然と耳中に指がいってしまっていた。小、中学校の授業中などでも、この行為をつねにやっていた。ただこの行為、周りからみるとかなり異様な動作であったようで、数年前に地元の同窓会に参加したときに友人たちから、「おまえの耳掻きむしるやつ、だいぶやばかったよね。まだやってんの?」っと言われるくらいだ。友人たちなら笑い話にしてくれるが、クラスの女子なんかは、そんな僕の行為を見てきっと、「大本マジきもい…」などとトイレで噂していたにちがいない。

 もちろん、耳にはいいはずがなく、「気持ちいいから」といってもやり過ぎるとすぐに耳の中がただれてくるのだ。ただ、そのくらいになると、さらに気持ちよくなり、もっと力を込めて掻いてしまう。そして、さらにさらに、やり過ぎると、次は耳の中が腫れてきて、頭が痛くなる。これがまたかなりの激痛で、動く気力もなくなってしまう。さすがにこのくらいになると、「ちきしょー、またやっちまった。耳さん本当毎回ごめんよ」と思い、やっと後悔する。がしかし、長年の経験から治し方も熟知していて、リンデロンという、ステロイドの塗り薬を綿棒につけ、耳のなかのただれている箇所に塗ると、だいたい次の日には治ってしまう。そしてまたリセットされ、無意識に指が耳のなかに…もう完全に負のルーティーンだ。この繰り返しを、小学生のころからずっと。正直、僕も止めたいと思っていた、でも止められない。

 昨年の新年、僕はあいかわらず耳を掻きむしっていた。いつもとかわらず、そして何も考えず。ただ、僕の耳さんは、もう怒りの限界だったのだろう。「おまえ今年もそれやんのか⁉ もう黙っておけん」っと、みずからの耳の中に大きなオデキを作ることにした。

 そうとは知らず、僕はその晩、友人の誘いでクラブに行き、わけのわからない爆音に合わせはしゃぎまくっていた。「ポッポー! 新年早々楽しいぜ。今年は日本全国周っちゃうよ! ヤッホー」。僕の耳さんは、そんなダサイ僕を完全シカトし、最高傑作のオデキを完成させていた。

 異変に気がついたのは、クラブから家に帰る朝の電車の中だった。「なんかジンジンするなぁ。またやっちまったかな?」。そんなのんきな気持ちはすぐに消えた。家に着くころにはただごとではないことに気がついていた。激痛が耳の奥から発せられ、首すじのリンパ線も腫れてきていた。痛さが今までの比じゃない。耳たぶに手が触れるだけでも激痛が走るので、リンデロンを塗ることすらできない状態だった。「やばい! これはまずい。すぐ病院行かないと」。しかし、その日は日曜日。どこの耳鼻科も休みだ。どうしようもないので、とりあえず寝ようとしたが、尋常じゃない痛みのなか寝られるわけない。しかも、痛みは増していき、少し熱っぽい感覚まででてきた。さすがに焦った。「遠くてもいい。日曜日やっている耳鼻科を探そう」。さっそく、iPhoneで検索したらすぐに見つかった。しかもそんなに遠くない。昨晩の酒が残って、フラフラだったが、猛ダッシュで病院へと向かった。

 「大本さん、どうぞ」。

 やっと呼ばれた。やはり、日曜日やっている耳鼻科ということで、僕が病院に着いたころには、すでにたくさんの人が待っていた。なのでなかなか僕の順番がこない。今まで経験したことのない激痛で、もう動く気力もなかった。自分の名前が呼ばれた時は、涙がでそうになった。

 「どうしましたか?」。真面目そうなおじさんの先生だった。

 「いやー。昨晩から耳に違和感がありまして、朝には激痛が走るようになり、もうやばいです」。

 どれどれ、といった様子で、その先生は、CDを裏返しにしたような、片目だけのサングラスらしきものをはめ出した。きっと耳の奥まで覗きこむことができるのだろう。僕の耳を覗きこむなり、その先生は言った。

 「あちゃー…すごいですね」。

 ですよね…と僕自信もそう思った。

 「もう膿溜まっちゃってますよ。辛かったでしょ?」

 「ええ。かなり…」

 辛いよ。先生もわかるでしょ? だから、もっと優しく僕の耳に触れてくれ。先生は容赦なく僕の耳をグリグリするのだ。

 「これは、内側からじゃないとダメですね」。

 はっ? 内側?

 「今から準備しますので、ちょっと待っててくださいね」。

 どうやら点滴をするようだ。つまり、外側から塗り薬では無理、っということで、膿が身体に回る前に、抗生物質で膿を出すらしい。

 僕は点滴をされながら病院の天井を見つめ、今までの「耳掻きむしり人生」を思い返していた。本当にオレはバカだったなぁ…ただ、そんなバカなオレを見捨てず、耳さんはちゃんと毎日耳の機能をはたしてくれていたのだ。

 「耳さん、今まで本当にわるかった」。心から反省した。

 点滴の効果はすごかった。その日の午後には、だいぶ痛みがなくなっていた。

 その日、たまたま友人の長岡ひとしから電話があり、ことのすべてを話した。

 そして彼に言われた。

 「そりゃ、あんだけ掻いてたらなるわ」。

 はい。ごもっともでございます。

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