全体主義であり核保有国。ジョージ・W・ブッシュにより「悪の枢軸」と呼ばれた北朝鮮。いまだ独裁者により統治され続け、’50年代より世界各国から隔絶された国。このような国へのスケートトリップに誘われたとき、当然オレはこのチャンスに飛びついた。国民が飢餓、人権問題や強制労働にあえぎ、そして超軍事国家として知られるこの国の日常について知る者は少ない。しかし、そのことが北朝鮮を世界中でもっとも興味深い国にしているのだ。
ハンガリー人フィルマーであり、よき友でもあるパトリック・ウォールナーがこの計画を思いつき、ロシア人であり国際的プレイボーイでもあるキリル・クロブコフ(彼は旅中、ずっとブラウンのコーデュロイのオーバーオールを着ていた)とオレを招待した。オレら以外にこの計画に乗るスケーターはいなかっただろう…。任務は“永遠の最高指導者”とされる金 日成の生誕100周年祭を見届けるために北朝鮮の首都、平壌に3日間滞在し、スケートをするというものだった。
北朝鮮に入国する唯一の手段は、ガイド付きのツアー。中流階級の冒険心あふれる中年観光客と厳しい日程をともにするしかない。医者、投資銀行家や武器商人らが旧ソ連の矯正労働収容所へと送り込まれるジョークを飛ばし、シンガポールのシェラトンホテルの照明スイッチのメリットについて語り合っている。そして宇宙食を食べ、なぜかつねにふたつの帽子をかぶり、世界中の有名な観光地で野球用バットの写真を撮り続けるという、UPSのパイロットとして生計を立てるエキセントリックなアフリカ系アメリカ人も同じグループにいた。この中ではオレらはひどく目立ち、場違いなような気がした。
北京からのフライトで、キムという北朝鮮人と座り合わせたのは思いがけない幸運だった。永遠の指導者を称えるウェルカムメッセージが機内のスクリーンに映し出され、“パンガッスムニダ(お会いできてうれしいですという意味)”の曲が流れたとき、これが実際に北朝鮮人としっかりと会話をする最初で最後のチャンスかもしれないと思った。フライトはたったの40分だったため、その間にできるだけの情報を得ようと試みた。彼のたどたどしい英語に加え、紙とペンを駆使した結果、この男は3つの職業を持っていることがわかった。燃料の輸入業、手品師、そしてツアーのガイド。ロシア、キューバ、ベネズエラ、ドイツ、フランスといった国々を訪れた経験があるという。さまざまな国で開催されたサーカスに出向き、手品を学ぶ機会があったらしい。キューバの良さを聞いたとき、男は目を輝かせ、「セックス」と言った。フランスでは映画『007 ゴールデンアイ』をテレビで観て、ジェームス・ボンドの胸毛に感心したと話した。それに対し、オレは毛深い腕毛を見せると、男は大笑いした。そしてオレの年齢、身長、職業、年収に興味を持ち、遠まわしに彼の腕時計が$1,200(約10万円)だと自慢した。この経験はオレにとって非現実的すぎて、男との出会いが現実かどうかわからなくなったくらいだった。
平壌国際空港に到着するや否や、オレらは即座にツアーバスに詰め込まれ、ノンストップで記念館、パレード、銅像やショーを見せられた。ホテルで酒を飲んでカラオケを楽しみ、昼寝をする時間などは与えられない。スケートをする唯一のチャンスは、ボロボロの遊園地でアクロバティックな幼児たちのサーカストリックを見に行ったときに訪れた。監視人からこっそりと逃れ、90分という時間を自由に過ごせる唯一のとき。しかしあろうことに、デッキは鍵のかかったバスの荷物入れの中。その上に、どのバスがオレらのバスかもわからない。
オーリーで越えることができるレストランの塀、そして手頃なハンドレールを発見していたため、オレらは写真を残そうと必死だった。1時間後、ようやくオレらのバスを発見できたものの、ドライバーが不在。20分間もの間ドライバーを必死で探し続けた結果、何を思ったかキリルがバスの底にあるレバーに手をかけた。すると大きな音を立ててフロントドアが開いた。車内へ入ると、幸運なことに運転席に荷物入れの鍵があるではないか。荷物入れからデッキを取り出す姿に唖然とする現地人を尻目に、初スポットへとプッシュした。レストランの塀でのオーリーの3トライ目に、ヒステリーなオバサンがオレの顔の真ん前で手を振り、しまいに警官に追い出されてしまった。残された自由時間は5分。手頃だが錆びたハンドレールで撮影を始めた。ワックスなどない。しかもウェイトレスがオレらを追い払おうとする。結果、どうにかこのスポットで写真を残すことができた。
北朝鮮ツアーは行く価値があったのだろうか? それは誰にもわからない。また行きたいと思うかって? もう行くことはないだろう。なぜオレらは時間、金、労力を費やしてまで、4つのウィールがついた板切れとともに見知らぬ危険な国を訪れるのか? その理由はオレにもまったくわからない。ガイドを務めたキムさん、スケートボードを一度も見たことがない彼女がオレらの行動についてこう言ったのを思い出す。「バカげてるわね」。きっと彼女の言葉は正しいに違いない。