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 通るたびに、どうしても目を向けてしまうベンチがある。それは、丸ノ内線…
──BENCH KNOWS

2012.06.25

 通るたびに、どうしても目を向けてしまうベンチがある。それは、丸ノ内線四谷駅前のオープンスペースに置かれている真っ青なベンチ。迎賓館の流れからか、西洋の建物を意識したであろうモダンな作りの駅の面構えには、どうやっても馴染めないであろう酒屋の前にありそうなベンチ。通勤でこの駅を使っているので、どうやっても視界には入ってきてしまうってのはあるにしても、このベンチを意識してしまう理由を自分なりに持っている。肝心の座り心地といえば、特別グッドってわけではないけど、バッドってわけでもない。要するに、普通。駅前なのに、他に腰を下ろすスポットがないので、このベンチはこの駅を行き交う人々からは特等席として扱われているようにも見える。このベンチのレギュラー陣といえば、日中は小休止をしている年配の方だったり、ケータイ越しに頭を下げたりしている営業中のリーマンなんかが多い。ベンチがおかれているスペースのすぐ裏には交番があるので、ホームレスだったり、怪しい取引をしているような人は今のところ見かけたことがない。一度そのベンチの上で、ヨガのポーズをとっている人は見かけたことはあるが。
 昼とは一転、夜ともなるとこちらの駅前スペースには、幅広い層のカップルが集ういっぱしのランデブーポイントとして魅惑の夜を演出している。帰りを惜しんでイチャつく社会人カップル、人目をはばからず痴話ケンカに励む学生カップル、失楽園アベック、難攻不落の牙城を切り崩そうと奮闘するビジネスマンの姿など…。数えきれないドラマの舞台として、このベンチが活躍していたのです。そんな自分もまた、かつてこのベンチにお世話になったひとり。
 遡ること10数年余り。当時付き合っていた彼女が四谷の大学に通っていたので、僕は必要以上にこの街に出没していた。当時はJRの駅に併設されたatre内にスタバもなかったし、学生がチル出来るそうな気の利いたカフェもなかったので、待ち合わせはもっぱらこのベンチ周辺。競争率が激しいベンチなので、空いているときは軽く拳を握ったことを覚えている( like a タイガー・ウッズ)。その日もいつもと同様、このベンチスポットで彼女と合流した。ベンチの上であぐらをかいて向きあい、彼女が作ったスコーンを片手に将来について語り合った。上昇志向の強い彼女は、大手商社への入社に向けて堅実な未来予想図を描いていた。一方自分は、就職の道を選ばずスケートボードで食べていきたいと彼女に告げた。スケートボードに夢中なことはわかっていても、人生を左右するであろう大きな分岐点で スケートボードという単語が、まさか僕の口から出てくるとは微塵も想像していなかったようだ。彼女はしばらく黙りこんでから、残念そうに目線を落とした。
 学生にしては長いリレーションシップが、音を立てながら崩れていくのがわかった。価値観や感性が近いところにあっても、ベクトルは異なっていた。薄々感じていたことではあったが、お互い譲れないモノもある。話し合いや時間では、解決出来ないことがあることを、そのとき初めて実感した。その後彼女は、専門的な知識を得るために海外の大学へ留学し、自分の元に戻ることはなかった。

 現在、単なる偶然だとは思うが、紆余曲折ありながら仕事場は四谷にある。あのときあのベンチで、当時の彼女に伝えた言葉は、実は自分自身に向けて言い放っていたんだと思う。どちらにせよ人生において、早送りに出来ることは稀にあっても、巻き戻すことは出来ない。これから自分がどうなっていくかなんて分からないけど、どうなっていきたいかは分かる。いまはまだ早いかもしれないが、いつかまたあのベンチに座ってみよう。いや、強引にグラインドしてやろう。

fin

--KE

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