前回の続き
「じゃあ、車に行こうか!」
Nさんは、戸惑う自分と無邪気なAさんを撮影用の車へといざなう。
意外にも、車はスバルビルのすぐ近くにあった。高層ビルと空の抜けが気持ちいい新宿副都心の通り沿い。長距離バスの利用客が引くアタッシュケースのガラガラという音が、街路樹を挟んだ歩道側からひっきりなしに聞こえてくる。
「Aちゃんは助手席に、Mくんは運転席に座って」。覚悟を決めて、運転席のシートに座る。開け放たれた運転席の窓越しに、編集のNさんは説明を開始する。
「え~っと、さっきも言ったんだけど、今回は『今若者たちの間でカー●ックスが大流行』ってモノクロページの企画の撮影で、撮影する内容は車内でいちゃついてるところと、盗撮に気づいて怒って車を飛び出してくるシーンです」。
「は~い♥ よろしくお願いしま~す」。Aさんの甘ったるい喋り方が耳につく。
「じゃあまずはキスシーンから。フロントガラス越しに撮影するから、MくんはAちゃんの方に乗り出す感じでたのむね」。
「は、はい。わかりました」。もうやるっきゃないと腹をくくり、運転席から助手席に上半身を乗り出し、お互いの顔を近づけてキスをしている風な体勢になる。お互いの顔が数センチのところまで近づいているので、口や鼻からの息が相手にかからないように、自然に息を止めてしまう。
バシャ! バシャ!「イイよ~イイよ。もっと近づいてぇ~」。カメラマンもテンションが上がってきたようだ。
“こっちは呼吸を止めているんだよ。苦しいんだよ。早く撮り終えてくれ”。息を止めているため、どんどん顔が真っ赤になってくる。まあいいか、どうせモノクロページだし…。なんてことを考えていると「ハイ、オッケーでーす」って掛け声が聞こえて撮影終了。1カット目が終わった。1カット目の撮影終了とともに、写真に写り込まないようにちょっと離れていたNさんが近づいてくる。
「おつかれさま~。すごくいい感じだったよ~! この調子でがんばろうね~。で、次のカットなんだけど、体勢はさっきと一緒で、そのままク●ニしてる感じでいきます。さっそくだけど、Aちゃんパンツを脱いでもらっていい」。
「えっ…」と自分が驚きの声を発していたとき、「は~い♥」助手席に座ったまま腰を浮かせ、スカートの中からスルッとパンツを脱いだAちゃんがいた。
「それじゃ、いこうか!」カメラマンの声とともに、Aちゃんの細い腕が自分の首に絡みつく。まるでキックボクシングなどで見る“首相撲”の要領で、Aちゃんは自らの股間に僕の頭を引っ張る。同時に、シートに浅く座り直し、足を持ち上げ車のピラーに足を引っ掛ける。大胆に広げられた股間の前に、僕の頭部が押し付けられている。端から見ると、とんでもない姿をしているんだなぁと想像できる。
ふと我に帰り、瞑った目をあけると、自分の目の前はAちゃんの陰毛と性器であふれている。もちろん、今回も呼吸は止めている。もし呼吸をしてしまったら、Aちゃんの性器のにおいを嗅いでしまうんじゃないか…。なによりそれが怖かった。
バシャ! バシャ!「イイよ~イイよ……」。さっきまであんなにウザかったカメラマンの掛け声も耳に入らなくなってくる。Aちゃんの首相撲を必死でふんばっているのと、撮影開始からずっと呼吸を止めているためこっちは極限状態。“はやく撮影が終わってほしい”。ただただ、そのことのみを考えていた……。
途中、どうしても呼吸が我慢できなくなって、極限まで息を止めていたんだけどどうしても苦しくなって、思いっきりスーハースーハーしてしまった。そこからは諦めの境地。もうどうでもよくなってしまって、なすがまま、されるがままに行動した。気がつけば、撮影は終了していた。
後日、刷り上がった見本誌をNさんにもらった。モノクロページには、黒い目線が入った自分が写っていた。雑誌を一瞥し、「はぁ」と溜息をついて、その雑誌はもう見なかった。雑誌はしばらく自分の机の周辺に積み上げたままになっていたが、気がついた時には処分されていた…。
ほろ苦い“モデルデビュー”のエピソードはこれまで。あの雑誌が奥さんと娘に見つからないことを願っています。
--TM