「最近の若いのは…」とは年配の者の口からよく出るグチのひとつ。そんな年配者たちも若い頃はそう言われただろうし、何十年、何百年、ともすれば太古の昔から使われ続けてきたものなのでしょう。それはもちろんスケートシーンにおいても少なからず聞かれますし、僕らとは接点もないようなさまざまな場面でも使われる決まり文句。
スケートシーンにおける“それ”とはまさに「最近の若いスケーターはスタイルがない」。ズバリこれでしょう。大したスケーターでもない自分が、そんな説教をかます分際でないのは百も承知の上、考察させていただきたい。スキル、スタイルともに僕なんぞ足元にも及ばない若いスケーターを日々当たり前のように見ています。しかしながら「んー、惜しい!」と感じさせる人が多くいるのも事実。
とあるショップにて、そこのオーナーとたまに会ってはつい長話をするのですが、最近もそんな話題になったばかり。曰く「最近の若いスケーターは変態性がない」と。その「変態性」をいうワードに妙に納得してしまいました。若手スケーターのスキルは十分に認めながらも、つまりは「なんだか滑りにパンチがない」というのがその意図するところ。僕はそこにスタイルや創意工夫といった言葉を当てはめつつ話を聞いてました。そりゃそうだ。「若い」と言っても10代前半くらいまでは親に連れ回され「スケートをさせられている」ように見える子が多くなってきたのも事実。親がストップウォッチ片手に仁王立ち、指示した通りのコンテスト向けラインを永遠にやらされる…なんてのを見かけるのですが、それも元凶のひとつ。それでは本来なら育まれていたはずの創造性も知らず知らずに封じ込められてしまいます。もちろんコンテストで通用する高度なテクニックを吸収するのはあって然るべきで、それが後々の自身のスケートに応用されるのだからすべてが悪い話ではありません。問題はその後で、もうとっくに親離れしていてもいいくらいの年代ながら、単純に難解なトリックだけを持ち合わせただけで創意工夫も見当たらず「変態性」を感じさせないスケーターも一定数いるのが問題なのかなと思うのです。
今回はそんなちょっと残念な話に焦点を当ててみましたが、悲しむことなかれ。国内スケートシーンの前線で活躍する若きスケーター、ここVHSMAGでもFeatureやPick Upで特集されるスケーターをパークや街でよく見かけます。彼らはスキルフルな滑りのみならず、創意工夫を凝らしたトリックや意表を突く滑り、つまりは変態性をも垣間見せてくれて毎度失禁させられております。しかしながら思うのは「変態性」…う〜ん、ナイスな言葉だぜ!
─Kazuaki Tamaki(きなこ棒選手)