スケーターが好物とする街中の物件は数多くあれど、なんかこう、それが何かのオブジェだったりするとプラスアルファな感じがして高まります。写真や映像にしても映えが少なくとも2割増し。それは何かを記念して作られたものなのか。歴史的な背景や意味があってそこにあるものなのか…なんてこと考えるよりも先に、コイツをどう使ってスケートボードで遊ぼうか…と、素材を触って確かめてみたり、デッキを当て込んでイメージしたりするのは、もはやスケーターの習性だと言えます。スケートボードとは特に縁の無い、大多数の地域住民にとってのそれはおそらく、人との待ち合わせ場所だったり、目印であり、なんとなくそこにずっとあるものだという認識でしかないのかもしれません。それがスケーターという人種にとってみてはどうでしょう。目的地への途中にそんなオブジェが出現した時には(別にオブジェに限ったことではないが)、いったん足を止め、そいつを様々な角度から眺めては触り、調子が良いものであればセッションが始まるのも、よくある光景ですね。
ひと昔前のことですが、仲間らと撮影をするべく、かといって特にあてもなく都内の下町エリアをプッシュで徘徊したある日のこと。その道中、国内のスケートシーンにおいてはかねてより有名なオブジェが近くにあったのでひとまずチェック。記録として残されてきた数々のトリックに感動してみたり「こりゃ〜無理!」って思ったりしつつ、自然と僕らのスケートセッションもスタート。自分の持ち技とスポットの特性を考え、トライしてるうちにカメラも回ってきた。乗りゴケもありつつ、「そのうちメイクっしょ〜!」って時にやってきましたお巡りさん。御多分に洩れず、キックアウトを喰らうまでは想定内、そんな痛いことでもありません。でもそのお巡りさんが帰り際にボソッと。「これ、せっかく芸術家が作ったモノなんだから大切にしろよ」って。
なるほど。それまでの自分はその観点は特別意識したことがなかったもので、「オブジェ=街のそこらにあるものならスケートもまぁOKっしょ」って考えしかありませんでした。以来、少しは考えるようになったのは確か。これを作った人が、スケーターが攻めてる様子を見かけたら何を思うのか。「作品傷つけるようなことしやがって、ファッキュー!」なのか「想定外だけど、なんか面白い使われ方してる」なのか。ついそんなこと考えたりもします。でもやっぱりこっちはスケーターという人種なので、そこでスケートをしちゃうんです。本来そこにただあるだけのものが、トリックなんかすることによって、わずかばかりでも存在に価値が付くというか。お巡りさんの言うことも正しいけど、おれらの言い分も理解してくれよな…って、世間一般に理解されるのも、まだまだ先の話になりそうですね。
個人的に思い出に残るオブジェスポットをひとつ。地元から飛び出し、上京して間もない頃。暮らし始めたアパートの近所で夜のお散歩(スポットシーク)をしていたら、写真や映像で見て気になっていた物件に遭遇。銅像の台座部分がボルケーノ型のアールになってて、「風に立つ」って文字が刻印されてる、昔のちょっとした有名スポット。いつかやってみたいと思っていた物件がなんと近所に。いざ現地でわかったことは、ボルケーノを囲うようにガードレールが設置され、スケートがまったくできる状況じゃなくなってたってことでした。
—Kazuaki Tamaki(きなこ棒選手)